在宅介護を17年間やってきて、18年目の途中で終止符を打ちました。
これまでのことを振り返ると、一言ではいい表せないほどたくさんのことがありました。
介護生活を終えた今、在宅介護をやってよかったと素直に言えます。
どんなことが良かったのか、振り返りながら正直な気持ちを綴りたいと思います。
現在在宅介護で苦しんでいる方が、少しでも心が軽くなれば幸いです。
在宅介護17年

在宅介護歴は17年。
要介護5の義母(妻の母)を看てきました。
僕は仕事があったので、メインで看ていたのは実娘の妻。
義母に出会うまでは、介護の「か」の字も知らなかったので、最初は嫌で嫌でたまりませんでした。
それでもやっていくうちに免疫がつき、当たり前になってきました。
・オムツ交換
・痰の吸引
・摘便
までできるように。
人はどんな環境でも適応できると実感しました。
様々な
などを経験してきましたが、17年の在宅介護生活が終わった今、なかなかの長い期間でしたが在宅介護をやってよかったと素直に思えます。
在宅介護をやってよかったと思えること

在宅介護は辛いことがほとんどですが、終わった今
をあげてみたいと思います。
最期は清々しい気持ちになれた
2024年6月23日に義母は旅立ちました。
こんな日がいつかは来ると頭のどこかにはいつもありましたが、
まさか来るとは…
もちろん悲しかったですが、それと同時に頑張ったといえます。
それもみんなに。
義母・妻・自分とみんな頑張りました。
特に義母の後半の10年間は気管切開、腸瘻という状態で延命措置に近い状態。
一時は危篤になった時もありました。
だから、最期はこれ以上「頑張れ!」とは言えなかった。
賛否両論ありますが、これ以上人工呼吸器をつける状況などは望んでいませんでした。
その状態で今までもう十分に頑張ってきたから、これ以上頑張れとは言えないと素直に思いました。
そんな環境の中でも、僕たち夫婦も一生懸命頑張った。
妻は
といっています。
本当にそう思います。
だから最期を迎えた時は、言葉が間違っているかもしれませんが、1つのやり遂げた達成感に満たされ清々しい気持ちになれました。
後悔のない介護ができた
在宅介護をする前は、7年間いくつかの老健と特養にお世話になりました。
最後の特養で、いろんな嫌なことが連続であり「これ以上は危ない!」と思い在宅介護に踏み切りました。
在宅介護を始めた頃は、ショートなども結構利用していましたが、やっぱり危ないと思うことが多かった。
完全寝たきりの要介護者には、まだまだ安心して利用できない状態でした。
それを感じてからは、在宅介護100%の生活に。
自分達でやることが増え辛いことも多かったですが、決して妥協することなく介護をその時の精一杯でやってきました。
その精一杯が終わった今から見ると、後悔のないことに繋がりよく頑張ったと言えることに繋がっている思います。
夫婦の絆が深まった

我が家には子供がいませんが、要介護5の義母はある意味大きな赤ちゃんのようなもの。
子育てもこんな感じなのかなぁっと勝手ながら思いますが、夫婦2人で介護という1つのことを頑張ってきたことで、夫婦の絆が深まったように感じます。
お互いに協力して、時には言い合って、その中でもまた介護をやっていく。
うまくいくこと、いかないことはたくさんありましたが、同じ境遇で同じ目標に向かって頑張っていく介護を通して、得られた大きなことです。
思い出がたくさんできた
在宅介護をやっていると、それはいろんなことが毎日のように起きます。
家に出入りする各介護スタッフは毎日のように何人もいるので、介護以外でも人間関係でストレスを抱えることも多々。
その度に悩み、苦しみ、新たな解決を探して、うまくいくこともあればいかないことも。
要介護5の義母も、たまに体調を崩したり新たな問題症状が出たりと、本当に様々なことが。
その時その時はとても大変でしたが、終わった今思い返すと、印象が強く残っているのでその分多くの思い出ができました。
その時に辛かったことでも、後で思い返すと良い思い出に写るのは確かです。
人の優しさに触れられた
夫婦中心で在宅介護をやってきましたが、後半10年ぐらいは重度訪問を利用するようになりました。
ここから一気にヘルパーを入れられる時間が増え、我々夫婦も睡眠時間を確保できるようになったり旅行に行けるようになり、一気に両立できる生活に変わりました。
重度訪問のヘルパーにも恵まれ、みんないい人たちばかり。
もちろん我々が厳選してきたということもありますが、わが家に入っていたヘルパーはみんな本当に心の底から優しい人たちばかりでした。
僕が仕事で妻が体調を崩した時などに、延長してくれたり当番でない日でも急遽入ってくれたり。
少しでも介護者の我々を助けようという人たちばかりで、世の中にはこんなにも自分を犠牲にしてでも、優しい人がいるんだということに触れられました。
最期は自宅で家族だけで看取れた

義母が最期旅立つ瞬間に立ち会えました。
あの時は日曜日のお昼。
雨が降っていてヘルパーもサービスも全く入らない日時。
いつものその時間なら、キッチンで我々夫婦が昼食を食べるのですが、数日前から義母の呼吸がおかしくなっていて気になったので、義母の部屋で昼食をとりました。
その行動で、最期の逝く瞬間に出会えたのです。
義母は気管切開をしているので声が出ませんが、二言口をパクパクさせて何か言いました。
その数秒後、カクッと顔の力が抜けたんです。
まさにドラマに出てくるようなシーンでした。
この場を妻と僕と2人だけで立ち会えたのは、本当によかったと思えます。
これが病院や施設だったら難しい。
今考えるとタイミングもすごかった。
日時が少し変われば、介護スタッフがいる時間なので自宅でも逝く瞬間には出会えなかった確率は高い。
そう考えると、義母が逝くタイミングを見計らっていたのかなぁって思えて仕方がありません。
人生について深く考えられるようになった
介護を通して、人生について深く考えることが増えました。
介護をやる前は、自分のことばかりしか考えていませんでした。
でも介護をやるようになり、要介護5の義母と出会って「人生ってなんだろう?」って考えるように。
・自分のことばかりが人生か?
・弱い人をほっとけない
・本当に大切なことは何?
など、様々な視点から見るようになりました。
ただ流されるように毎日を生きてきた今までの人生。
でもそれを満足に生きられない義母もいる。
・歩くこともできない
・好きなものも食べられない
・本さえも好きに読めない
そんなことを考えると、今自分が何気にやっていることが全て幸せなことなんだと感じるように。
もちろん毎回そんなことを考えているわけではありませんが、朝起きた時や何気ない夫婦の会話など、何かちょっとしたそういう視点で見ると、日々の何気ない行動ができていることに感謝が生まれます。
まとめ

介護は辛いことが多いです。
その時は、毎日が大変で先も見えずだんだんとおかしくなってきます。
我々もそうでした。
上手に介護サービスを入れながらバランスをとることは大事です。
それでも辛い。
でも1つ言えることは、17年間在宅介護をやってきてよかったということ。
もし途中で投げ出していたら、後悔が残り最期を想像するとちょっと怖いです。
もちろん人によって、それぞれ環境だったり状況が違うので一概には言えませんが、もし今在宅介護を一生懸命やっている人は、我々のようなことを最期は感じる可能性が高いかもしれません。
1つのわが家の例でしたが、少しでも何かのご参考になれば幸いです。
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